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特集記事

ベルリンで戦禍を感じる

September 9, 2017

9月から一ヶ月ほど欧州各地で仕事です。

 

今はベルリンに滞在していて、リハーサルとワークショップを行ってます。

 

ドイツに来てやはり感じるのは、人々がすれ違う時に目が合えば微笑み合うことと、世界で起きている戦争の片鱗がそこかしこにあること。

 

前回はフランクフルトに滞在していて、その時にシリアから逃れて来ていたバイオリニストと話をする機会があり、彼の音楽仲間たちがヨーロピアンスクールの音楽発表会にゲスト出演していたのを聞きに行った。

彼は数年前にボートで逃れて来たけれど両親と確か妹はまだシリアにいて、携帯電話で連絡を取り合っていると言ってた。家族を呼ぶこともできないし、戻ることも難しい。そしてドイツで仕事を得ようとしたらドイツ語を習得しなければ仕事に就くのは難しい。難民であるから心底ではドイツに定住したいわけではなくいつ戦争が終わるかもわからないから語学を習得しようと言う気に即座になれない心情があるだろうことは察する。

けれども未だに彼の国は破壊され続けている。

たまにフェイスブックの投稿にいいねを押してくれたりするから彼はまだ生きている。

 

今回はベルリンに滞在しているので、未だに東西ドイツの名残と第二次世界大戦に、ホロコーストの名残がある。そして、街中で中東地域での戦禍に巻き込まれたのであろう火傷の跡と無くした腕で足を引きずる若い男性が信号で停車している運転手たちから恵みをもらおうとしていたりする。

 

そして別の振付家の話では、大量の靴を舞台上にあげる作品を制作しようとすると、それはユダヤ人たちの惨状を喚起させるので、その気がなく別の意図を持ていても作品に取り入れることはとても躊躇われると言う話を聞いた。もちろん彼はそのプランを放棄せざるを得なかったようだ。

 

ここではまだ戦争の悲惨な体験とそれに基づく反省があるように見受けられる。

 

人ごとではないと言うことがここにはある。

もちろん未だにネオナチの人々もいるわけだけど、それ以上に平和主義と難民受け入れに賛成の人も多数いる。トルコ人もイスラム系の人々もたくさんいる。

 

けれど彼ら、トルコ系やイスラム系の人々を観察していて思うのは、当然彼らには独自の文化と習慣と宗教があるけれど、それを当然のことのように他の文化の中で振舞う姿を時たま見かける。

これは良いことでもあり悪いことでもあると僕は考える。

その地域や国の文化や政府が保持している習慣にある程度の迎合を起こさないと、本人にその気はなくてもよくない市民と思われてしまうことだろう。それは強いては本人が所属している国家や文化に対するネガティブな印象を与えてしまうことに繋がる可能性がある。これは全く持って損だ。もちろんこれは日本人にも当てはまる。私たちが美徳と思っていることは他の文化では美徳ではなく、自己の薄い騙しやすい文化の人たちだと思われがちなことだろう。

それぞれの文化圏の人々で形成される地域コミュニティーの中でそのように振舞うのはおそらく当然のこととして受け入れられるし、そう振る舞った方が人間関係はそのコミュニティーの中では良好で、地域社会の規律は程よく機能するだろう。

もちろんほとんどの人々はそれらのことを日常の生活として行っている。
たまにそうではない人を見かけるととても目についてしまうのだ。

これは僕自身が寛容ではないからかもしれない。

 

 

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